今月のひとこと2016年10月号





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2016年10月3日
日銀の金融緩和も効き目が無くなってきました。 今回の緩和策は短期勝負のバズーカでは無くて、長期的な対応に耐える伝統的な金利政策に戻った感じです。 もっとも伝統的と言ってもマイナス金利は異次元の政策ではあります。

今回の政策のキモは、事業に直結する短期金利はマイナス金利を使って限りなくゼロにする。 本当のマイナス金利での貸し出しは現実的では無いと思います。 あくまで国債を高値で購入した場合の、仮想的な計算上の金利だと思います。

その上で長期金利である10年国債の金利をゼロ付近に持って行って、30年とか40年の超長期国債の金利を上げていくことになると思います。 要するにイールドカーブを今の水平的なものから少し立ち上げようと言うことだと思います。 これで保険会社などの苦境は和らぐと思います。 これで行くと35年の住宅ローンの金利はあまり下がらないことになります。 短期のローンを繋いでいくとか金利を安く上げようとすると手間や手数料がかかるのを覚悟しないといけなくなります。

問題は、この様なイールドカーブをうまく日銀がコントロールできるかと言う点です。 10年国債の金利は、マイナスになっていますが、これをプラスにしようとすると、日銀の購入量を減らさないといけなくなり、従来の金融緩和策との整合性が無くなってきます。 しかし万難を排して、これにある程度成功したら、次は短期金利のマイナス深掘りです。

おそらく12月にはアメリカのFOBは金利を上げるでしょう。 その時に日本はマイナス金利を更に下げれば、日米の金利差は大きくなり、大きく円安に振れるのでは無いでしょうか。 最近にわかに衆議院の解散も話題に出てくるようになりましたので、年末から年始にかけて一波乱あるのではないでしょうか。 ドイツ銀行や中国のリスクもありますが、その時にはアメリカ大統領選挙の結果も出て、ヒラリー+FOB利上げ+日銀マイナス金利で株価が上がったときに衆議院解散と言うシナリオではないかと予測しています。

東京都は豊洲市場問題、オリンピック経費問題、知事議会ねじれ問題と一気にいろいろ噴き出してきました。 豊洲問題は技術的にはいろいろ細かい問題はあるものの、大きな齟齬は無いのですが、ここまで騒がれると、落としどころを見つけるのが大変です。 新知事の手腕が本当に試されます。 基本的には、東京都が議会にキチンとした説明をし損ねたのが根本原因だと思います。 一度説明をし損ねたので、そのままずっと同じ答弁をしていたと言う、如何にも役所らしい対応。

江戸時代の役所は武士がやっていたのですが、この様なときは、切腹もので、家財没収一族郎党島流しか所払いになってしまうので、緊張感を持って業務をやっていたと思いますので、この様なたるみきった役所は切腹を復活すべきででしょう。

ITの世界の話題は、あまりなくなりました。 アップルは普通の会社になってしまったが、ソフトバンクは相変わらず突き進んでいますが、大丈夫かと言う見方もあります。 全体にAIのブームは終わって、今はIoTブームです。 以前にも書いたように、21世紀のIT世界の大発明はディープラーニングとブロックチェーン、それらのアプリとしてまとめ上げるのがIoTではないでしょうか。 しかしディープラーニングは第一章で、あと何章かしないと本当の使えるAIにはならないです。 ブロックチェーンは、インターネットの発明に匹敵するものですが、まだまだ初期段階のアイデア段階で、これからが本格的に実用になっていくでしょう。

インターネットが始まったころ、そのセミナーにネットラジオのデモを行いましたが、大昔の短波放送を聞いている感じで、当時はおもちゃでしたが、現在ではサウンドは勿論動画も配信できるようになって、当時からみれば夢の様な話です。 無線通信が100メガレベルで出来るとは夢にも思わなかったです。 あと30年も経つと、思いもしなかった事が実現しているのではないでしょうか。

今月の読み物は、「勘定奉行荻原重秀の生涯」―新井白石が嫉妬した天才経済官僚 (集英社新書) 村井 淳志 著 ¥ 756

オススメ度 ★★★ 無条件に読むべし

リフレ政策によって元禄の好景気を招いた人物。 江戸時代初期にこんな優秀な経済官僚が居たなんて。 米の先物市場の開設もですが、日本人はエラいです。 特に経済分野では西洋なんか足下にも及ばない。 何でこんなに遅れてしまったのか不思議です。

荻原重秀は貨幣改鋳でインフレを引き起こした大悪人と言う評価で、そのように高校の教科書にも載っているらしいですが、新井白石が罵倒したので、そのように理解されていたのを最近の研究で、世界でも100年単位で先駆的な経済対策を行い、黒田日銀も真っ青の業績で、元禄景気が始まったのです。

もっとも大きなものは、実物貨幣から信用貨幣へのシフトと言う政策です。 アメリカドルでも金兌換紙幣だったのもつい最近です。 当時は貨幣流通量が少なく、この思想に基づいて貨幣改鋳を行って、景気を回復させたのですが、これを理解できない新井白石に罵倒され、白石によってデフレに突入してしまいました。

貨幣改鋳によって、企業がため込んだ資金を投資に回させると言う、現在の経済状況を彷彿とさせる状況で、しかし江戸初期でこの様な考えを独自に考え出したのはすごいことだと思います。 今ならノーベル経済学賞確実です。

【以下ウィキペディアより】幕府の改鋳差益金は約500万両(1両10万円として5000億円、江戸初期なので30万円とすると1兆5000億円)にもなった。

従来この貨幣改鋳は経済の大混乱を招き、未曾有のインフレ(元禄バブル)をもたらしたと考えられてきたが、金沢大学教育学部教授の村井淳志の研究によれば、元禄期貨幣改鋳の後11年間のインフレ率は名目で平均3%程度と推定され[1]、庶民の生活への影響はさして大きなものではなく、また改鋳直後の元禄8・9年に米価が急騰したのは冷夏の影響としている[2]。

その一方で、改鋳により豪商や富裕層が貯蓄していた大量の慶長金銀の実質購買力は低下し、商人たちは貨幣価値の下落に直面して貯蓄から投資へ転じた。こうして従前は幕府の御金蔵から商家の蔵へ金銀が流れる一方だった経済構造に変化が生じ、これ以上幕府財政に負担をかけずに緩やかなインフレをもたらすことが実現された。

その結果経済は元禄の好景気に沸いたのである。現代の観点から、重秀の最大の業績はこの改鋳であり、この改鋳を「大江戸リフレーション(通貨膨張)政策」と評価する説もある[3]。綱吉時代が終わり、新井白石らがこの政策を転換して以降の経済停滞は「白石デフレ」とも呼ばれる。

荻原重秀は書物を残さなかった。これに対し、重秀を追い落とした新井白石は『折たく柴の記』で「荻原は26万両の賄賂を受けていた」などと繰り返し、一方的な悪評が定着した[5]。

しかし重秀の無筆がもたらした最大の災厄は、幕末の開国時に起きた。実物貨幣から信用貨幣へのシフトという政策を支える経済理論が後世に伝わらなかったため、改鋳により金地金より高い価値を持つようになった金貨および南鐐二朱銀以降秤量貨幣から計数貨幣へ切り替わるとともに銀地金の数倍の価値を持つようになった銀貨の仕組みについて、幕府は金本位制が主流の欧米諸国を納得させる説明ができず、地金の価値に基づく為替レートを承認させられた。

諸外国では金銀比価が金1:銀15に対し、日本では金1:銀5であった。その結果、金が国外に大量に流出し、流出防止のために金貨の価値を銀貨の価値に対し相対的に引き上げる必要が生じ、金貨の量目を低下させたので、インフレーションが発生し、日本経済は混乱した。

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