今月のひとこと 1997年 7月から11月号

11月30日

    今月はCOMDEXにも行かずにあちこちウロウロしている間に、大証券会社が潰れるとかで、何かと新聞から目を放せない毎日でした。 アメリカでも日本の経済の先行きが心配されていますが、幸い株価は反発しているようで、しかしアメリカはダウ平均7500ドルで安定し始めたのとは程遠い水準です。

      COMDEXの方は「Windows CE ショー」だったようで、昨年はかなり意識して見たのですが、1年遅れでやっと勢ぞろいしたと言うところでしょうか。 消費電力とコストの関連でいまだにモノクロが多いようですが、そのうちにはカラー化されるのは時間の問題でしょう。

        サンクスギビングデイと週末にはさまれた金曜日の USA Today からインターネットの話題を少々引用しましょう。 アメリカのインターネットユーザの平均像は、2.2年の経験、1.5時間/日のアクセスで42%の人がアクセス時間が長くなったと言っているそうです。 それで何がその代りに減ったかと言うと、大半の59%の人がテレビやビデオを見る時間が減ったと言っています。 自分に引き比べると確かにほとんどテレビは見なくなったし、ビデオも以前ほど活躍しなくなりました。 テレビとインターネットは相関関係にありながら例えば ウエブTVのビジネスははかばかしくありませんが、何かのキッカケで爆発的に伸びるのかも知れません。

          インターネットそのものも以前からあったわけですが、MOSAIC と言うブラウザが出現して、状況は一変したわけです。上記の記事からでも分かるようにインターネットはほとんど電話と同じような社会インフラとして定着しました。 一つのソフトウエアがこのような社会変化を一気に引き置こす事は極めて稀でしょうが、現実に目の前で出来事が起ったわけです。

          この記事の横にビデオメールの記事がありました。これによると、みんなビデオコンファレンスをやりたがっているが、電話と同じような問題があって、電子メールでのビデオメッセージがこれから増えるであろう、と言う記事です。 これで思いだしたのが、電子メールを使う人にも2つの分類があって、Web以前 とWeb以後に分かれると言うことです。

          Web以前の人は、せいぜい 9600bps、下手すると 2400bpsで通信をしていた人で、クライアントのみならず、サーバー間でも9600bpsと言う時代はあって、こう言う観点で言うとメールは出来るだけ短く、シグネチャも短く、ファイルの添付などはもっての他で、ましてや音声メールやビデオメールは論外と言う事になります。 当時もプロバイダと言うのは存在しましたが、お互いのメールを転送し合うボランティア的な運用にほとんど頼っていたので、偏見でなくても何となく罪悪感が伴なったのです。

          Web以後はこう言うことは無くて、クライアントですらほとんど28Kbps以上の通信速度で、サーバー間は最悪でも128kbps、 良ければ1.5Mbpsで使えると言う時代に最初から存在するわけです。 おまけにお金さえ払えばいくらでも高速の通信が買えるのです。 こう言う人々にとっては高速通信は当然存在するもので、使えるのならトコトン使えば良いと言う発想ですからこう言う、ビデオメールのようなアイデアが出てくるのでしょう。

          本当にこうなるのかどうかは不明ですが、USBポートにつながるビデオカメラが沢山出てくると、かなり便利になることは間違いありません。以前にビデオカメラを標準装備したPCがありましたが、こう言うインフラが整わなかったので、あまり使われずに姿を消しましたが、通信という大きなインフラが整いつつある現在では有用な使い方が出てくるはずです。

          この他にも、Fry’s で見つけたシンガポール製のインターネット電話装置。 両方に同じ装置が必要なのですが一応つながるようです。 それにしても電話線につないで電話すると言う昔ながらのスタイルで、しかし中身はインターネットと言う、理屈では分かっていますが目の前でやってみせられると不思議な感じがします。 要するに、電話線でプロバイダにつないでその上でインターネット電話で話しをすると言うことです。電話自体も通常の電話で、電話と電話回線の間に箱が入ると言うだけです。 これで片方300ドルは高いのか安いのか。

          一般的なPCから通常の家庭の電話につながるサービスも始まっています。 こちらは世界中どこでも10セント/分だそうで、市内通話の高い日本ではもっと高くなりそうです。 しかも料金体系の関係でまだ日本へのサービスは行っていないようです。 まあ通常の電話でも アメリカから日本ですと最安料金は35セント/分ですから、通話品質を考えると目的によると思います。

          さて今回は年に何回も無いアメリカの休日の一つである Thanks Giving Day にぶち当りましたので、その話題を1つ2つ。 ハロウインが終わって Thanks Giving から クリスマスで新年と言うのが年の後半の行事と言うか習慣です。私もなぜThanks Givingと言う習慣があるのか詮索はしていなかったので、今回少々聞いてみました。 それによると、アメリカに移民してきた当座の話で、当時はいわゆるインディアンとは仲よく暮していて、あるとき移民の方は七面鳥を、インディアンの方はとうもろこしなどを持ち寄ってパーティと言うかお祭りをやったのが始まりだそうです。 それでこの日は家族でターキー、七面鳥を食べる習慣となったと言うことです。 私もこの日だけは特別にターキーを置いているファーストフード店で七面鳥を食べました。 日本でもクリスマスにとか言う習慣は少し有るようですが、元はと言えばこれが原点でしょう。 もっとも日本では本当の七面鳥はいないのでチキンで代用です。 味はほとんどチキンと変わらず、油が少なくスカスカして、まあ本当においしいものとは言えませんが、お祝いと言うか習慣的な行事のものはこんなものでしょう。

          サスガに店はほとんどが閉ります。レストランもさっき言ったような特別な店を除いてファーストフードは完全に閉っていました。なぜかドラッグストアだけは開いているようですが、ほとんど日本の正月みたいでこれほど見事に店が閉るのは始めて見ました。この時は旅行をする人も少なく、飛行機はガラガラになるそうです。 一方でニューヨークでは有名デパート主催ののパレードなんかがあって、それなりにお祭り騒ぎですが、逆に言うとこれくらいしか催しものは無いようです。 しかし、スカスカのアメリカも良いものですから、一度この時期を狙って訪米してみてはいかが?


        10月28日

          他のページをチョロチョロいじっていると、このページを書く暇が無くなってしまって遅くなってしましました。 他のページもご覧くださいネ。

            前から危ない危ないと言っていたアメリカの株価がとうとう下がり始めました。 元はといえば、香港の株価の下落ですが、更に元はタイの通貨不安が原因でした。 米国の株価は最近はダウが8000ドルを境に行ったり来たりしていましたが、香港がキッカケになって一気に下がったようです。 NASDAQ はダウのもたつきにも関わらず一本調子で上げてきましたが、10月の中頃からダウと同様下落傾向です。

              こういう時に、またぞろマイクロソフトの問題が持ち上がってきました。 サンマイクロに訴えられたかと思う間もなく、再び司法省が提訴しました。 サンマイクロの件はみんなが固唾を飲んで見守っているうちに起きたので、当然と言うかなんと言うか、変な安心感みたいなものが有ります。 司法省の方はと言えば、以前一度失敗したことがあるので今度はそれなりの準備をしていることでしょう。 直接の原因はOSとIE4の抱き合わせ販売と言うことですが、基本的にはあまりに行き過ぎた独占のプラス面とマイナス面を見てマイナスが大きくなって来たと言うことではないでしょうか。 またアップルに、決定権は無いと言いながらも手を出したことも心証を悪くしているに違いありません。 もっとも、あの時点でアップルが倒産と言うことにでもなれば、本当の独占になるわけで、MS社としても難しい決心だったと思います。 しかしあの支援も3年と言う期限が付いており、期限後はどうなるのか良く分かりませんが、今のままだとMS社の影響力が強まりこそすれ、弱まることはないでしょう。

              MS社の論理はIEと言ってもOSの一部だ、Win98 で統合する計画だ、と言うことでしょうから、どこまでがOSでどこまでがアプリケーションなのかは明確ではありません。 しかし、問題は現時点でプラットフォームたるOSに仕様がいじられて不具合をきたすアプリケーションが少なからず有ると言う現実です。 まあ、このあたりが問題にされているのでしょう。

                今度はハードウエアの話ですが、またぞろ価格競争が始まり第2ラウンドと言ったところでしょうか? 前回は2000ドルの攻防でしたが、今回は1000ドルの攻防のようです。 ちょっと仕様が低いなと思ったら999ドルとかの値札が付いています。ケースやマザーボードなど主要な部品が100ドル以下で入手できるのですから、ハード商売は大変とつくづく思います。

                  こういう安いPCとちょっと前のDOSまで行かなくても Win3.1 との組み合わせでもたいがいのことは出来てしまいます。 DOSで思い出しましたが、最近はフリーのDOSが沢山出てきました。 著作権問題は良く分かりませんがMS社もドル箱ではなくなったのであまり追求はしないのでしょう。 最近も某メーカーのソフトを立ち上げるとDOSと言う表示が出るのです。 なぜMS-DOSでないのかな? と思っているとこのフリーのサードパーティのDOSでありました。 最近はOSがやたらと難しく、特にディスクの管理が複雑になって、昔ならちょっとコピーしただけで済んだものが、コピーが出来ないようなケースも多くあります。 それで最近はこういうDOSベースのツールがはやり出したのでしょう。ちなみにDOSベースで動かすとどんなアプリ(当然DOSアプリ)でも超特急で動きます。DOSの上で動くWebブラウザも有るようですから、またDOSの時代に戻るのかもしれません。

                  今回は一転、ドイツの話です。ミュンヘンから車を借りてアウトバーンを突っ走りました。 レンタカー店でオートマティックと予約しておいたのに、マニュアルしかないと聞いておおむくれ。しかし本当はBMWだったので、ほくそえんでいました。しかし、マニュアル車なんてほぼ20年ぶりで、おまけに左ハンドルで、手と足の足並みがそろわないことおびただしいものが有りました。 やっとなんとなくしっくり来たところで3日間のレンタは終了しました。

                  ミュンヘンから下へ下がってロマンティック街道を北上です。 本当にアウトバーンらしかったのはミュンヘンから南へ出るところまで。ここは本当に無制限で走れます。 やはりドイツの車はこう言いう環境に作ってあるので如何に300番台の安物BMWでも100Kmから130Kmぐらいではもたつくもののそれ以上になると俄然元気が出てきます。 しかし316iの悲しさで170Kmを超えると元気が無くなってきます。 そういう横をサーッと追い抜いていくのは必ずベンツに限っています。

                  ベンツと言えば思い出すのがダイアナ元王妃が事後を起こしたのもベンツですね。 アメリカではなぜか「ムセーリ」と言います。メルセデスの何とか読みでしょうが、良く分かりません。 しかし、最初はこれが同じ車と思わずに異なる車で、へーもっとすごい車が有るんやね、と勘違いしておりました。 ダイアナ妃の事件のときは、アメリカのモーテルでめったに付けないテレビを付けて、しかしやかましいので音は消していました。 どうせ英語のニュースはそれなりに気合を入れて聞かないと分からないもので (^^;; 。 最初は何かまた事故が起きたんかいな、と思っていましたがそのうちにダイアナ妃の若い頃とか子供の頃の写真が出てきて、コリャえらいこっちゃ、、と本気で気合を入れて聞きました。

                    ドイツに話を戻しますと、その日は有名なローデンブルクの町中まで堂々と車を乗り入れて、おまけにパトカーの横に駐車しましたが、後で見たら進入禁止なんですね。 知らないことは恐ろしい。 それからもう少し北に行ったモーテルかビジネスホテルか分かりませんが、お姉さんがいたのでと言うわけでもないのですが、そこで泊まって、明くる日は更に北上。行き着いたところから今度はアウトバーンを突っ走って元のローデンブルク付近まで戻って、そこから古城街道に入って西へ向かいました。ここはなかなか良いところで、ネッカー川沿いに走り、こちらから行くと最後は有名な哲学の町のハイデルベルクへ出ます。 途中、夕方に見つけたペンションと言うか民宿と言うかそこに泊ることにしました。

                    ここでハッと気づくと現金が無い。夕方で銀行は閉まっている、大体ロマンティック街道と異なってこの辺になると英語はまったく通じない、と言うハンディの中で、宿賃を聞くと50マルク。手持ちが50マルク札1枚。町中と言ってもあっという間に回れますが、回っても両替屋さんは全くなし。 夕食をとるレストランは何と言うことか、どの店でもクレジットカードは使えない。 ええいままよ、とヤケクソでそこら中をのポケットを探しまくると何と20マルク札が出てくるではないか! これを持って胸張ってレストランへ行って、テーブルに20マルク札を置いて晩飯と必ずビールが要る、とどうやって伝えたのかは記憶がありませんが、とにかく晩飯とビールと、更にはちゃんとお釣まで来ました。 メデタシメデタシ。 その頃民宿のおばさんは宿賃がもらえるのかもらえないのか、訳の分からん東洋人にヤキモキしていたようです。 後で気が付きましたがこのあたりは名前のとおり古い城がたくさん有って、その一部はホテルとして使われています。 今度チャンスが有ったらそこへ泊まってやろうと密かに計画しております。


                  9月23日

                    やっと「ハッキング、クラッキングの実態と対策」をオープンにしました。 何しろやたらと人気が高い? ので期待に応えてのオープンです。 元々このページは、ある講演会用に作ったもので、いまどきOHPでもパワーポイントでも無かろうと、あえてWebで作ってみたものです。 当座は中身も整理できていませんでしたので、出来た物から順に出そうと,、リンクを張っていなかったものも中にはあったわけです。 どうもこれを探し出して見られた方がおられるようなのです。 講演会参加者には前もってお知らせしたあったので、この関係以外からと思われます。 これ自体はそんなに大騒ぎすることではなくて、簡単なファイル名なら適当に類推して探し出せます。 ちょっとショックだったのは不注意にも残しておいたログファイルからフォルダ全体のファイル名が分かってしまったと言うことです。

                      やり方はこうでした。 ホームページにコンテンツを送る場合は通常FTPソフトを使います。 このソフトが親切にも何を送ったのかのログファイルを送り側に自動で作ります。 通常はサイトへダウンロードするだけなのでWebには残らないのですが、たまたまこのケースはコピーを取ろうとしてサイトからローカルのPCへの転送を行ったわけです。 その時ログファイルが作られて、消すのを忘れていたと言うわけです。 これには転送記録が全て書かれていますから、全転送するとそのフォルダのファイル名が全て書かれてしまい、それを見るとすべてのファイル名が分かってしまいます。 大体有名なFTPソフトは数種に決まっていて、ログファイル名も決まっていますからこれを頼りに何回か試行錯誤すれば見つかるわけです。 この場合は2回目で見つかっています。

                        元々は見られて困ると言うことはなくて、実はこんなややこしい事しなくても簡単に見えたのですが。。 他のページを見てみるとキチンとブロックされているので、今はそれに合わせましたので簡単には見えません。 あてずっぽうでファイル名を入れてみるのも良いでしょうが、現在は見えているページの他は何もありません。 念のため。

                          今まではあんまりウイルスにも無縁だったのですが、先日他の人からもらったファイルにマクロウイルスがくっついていました。 こちらのインストールがおかしいのか、日本語版のせいなのかはハッキリとしませんがエラーを起こして丸見えになっていました。 まさかウイルスが見えているとは思わないので何かややこしいマクロを作ったな、ごくろうさん、と思っていたらそれがウイルスでした。 ウイルスもこうして丸見えになるとなんだか間抜けにみえます。 と言うわけで最近とみに話題が増えてきたセキュリティのお話でした。

                            ところでスペインは良いところですね。 もう一度行きたい国の最有力候補です。 前回と言っても初めていったのですが、スイスからパブロカザルスと言うオリエントエキスプレスの東西線? に乗っていきました。 日本で言うグリーンは一部屋占有で1両に5から6室しかありません。 それでもそんなに高くなくて、ただ朝食は食堂車までのこのこ出ていかなくてはなりません。 車両も近代的な作りで高級ビジネス特急と言う感じです。 これでまずバルセロナに入って1泊。次の日には通常の急行でマドリードに向かいました。途中でそれこそ途中下車を繰り返して1日かかりで行きました。 バレンシアで下りて町の大きな市場で大きなメロンを買って裏で食べましたがあれはうまかった。 本当はカニとかエビを買いたかったのですが、そのままで大丈夫かどうかサッパリ分かりませんでした。 こういう時に言葉が分からないのは致命的です。片言で良いからスペイン語を勉強していけば良かったとは後の祭り。

                              マドリードでは町中を歩き回りましたが、極め付きはフラメンコ。 本来はアンダルシアに行かないとだめなんでしょうが、何とかここで見ようとガイドブックと首っ引きで大体当たりを付けましてまず下見。ただでさえみすぼらしい店が昼間見るとますますみすぼらしくなります。 普通の食堂兼酒場みたいなところの奥でやるようです。9時に行ったら11時にこいと言われて、しょうがなく時間をあちこちで潰してやっと行くと、それでもなんのかんので始まったのは12時近く。 地元ばかりで観光客らしいのは2-3人しか居ません。当然日本人はゼロ。 結局、待っているときに入ってきたお兄ちゃんがギター、もう一人のおじさんがお囃子と言うか、後で気がつきましたが、重要な役でリーダ。 もう一人お兄さんが居てこれが箱をたたく。 要するに太鼓ですね。 木の箱とは思えない音を出します。 最後は踊り子。 これが一人で最後までやるので、これが大変。 さっきのおじさんがだんだん盛り上げていきます。 と言うか踊り子をのせていくのです。 激しくなると汗はとんでくるわ、かんざしは飛んでくるわでそれはもう大変です。フラッシュを光らせると言うような雰囲気ではないのでとうとう写真は撮れませんでした。 こういう調子ですからやるほうも大変で1時半には終わってしまいました。それからホテルへ地下鉄は止まっているのでタクシーで帰りましたが、道は真夜中と言うのに人でいっぱい。 人がたかっている店があるのでひょいと見たらなんと言うことか、こんなところでカラオケが。。


                            8月23日

                              「毎月の一言」に毎回、2枚ほど絵が入っていますが、意味が分かりましたか? 最初のは大体仕事にからむもので、行った先が分かるようになっています。 先月はまあまあ分かったでしょうが、先先月は難しかったと思います。 2番目のは旅行先のものです。 どちらも周りが青色の線で縁取られていたら、クリックしてみてください。 そこのページに行って詳しいことが分かります。

                              さて、今月の話題は夏といえばこれしかないでしょう。 今年は再びロスで開かれました。 ロスは何といってもハリウッドがあるので他とは一味違います。 それとこういう画像の世界では日本人の作者が極めて多いですね(参加者も極めて多かったが)。 以前からそれは感じておりましたが、再認識しました。 ゲームやアニメの下地があってのことでしょうが、こういう事には日本人は向いているんですね。 一昔前に言われたような「もの作り」の原点がここにもあるのではないでしょうか?

                                やはり何というか、分析的にこつこつ論理を積み上げると言うよりは、感覚的にバーッと眺めてやってしまう様なやり方が日本人的なんでしょう。 どうも西洋人はデカルト以来なのか、本来そうなのかは分かりませんが、こう言う論理を組み立てるのは得意ですね。 ギリシャの哲学者の書いたものを見ていても、これが2000年以上前のものとは思えないような論理展開がなされています。 従って(強引な結論ですが)どことなく分析的、積み上げ式のデジタルの世界では、なかなか世界に貢献できるものは少ないのでしょう。 半導体もメモリはいざ知らず、CPUとなると手も足も出ません。 以前はこれは穀物食と肉食のエネルギーの差と思っておりましたが、もっと別な面も有りそうです。

                                  しかし、考えてみると現実の世界はミクロではデジタルなんですね。 分子や原子、クオーク、スーパーストリング、大きなところではDNAなどみんなデジタル的に離散して存在しているわけです。 ところがわれわれが見ている世界ではアナログ的に時間は流れていき、アナログ的に諸現象は起きているのです。 力学で言うと「量子力学」と「ニュートン力学」の差でしょう。 アインシュタインの「相対性原理」はアナログ力学の極致みたいなものですが、アインシュタインの偉いのは、これがミクロの世界でも通用すると言うことです。 いわばデジタル信号をアナログ解析するようなものです。

                                    ここで言いたいのは、デジタル化が進むITの世界ですが、最終的に必要なのはアナログではないでしょうか? 映像で言うと「ロストワールド」を見て面白いのは「デジタルで作った恐竜」ががあたかも「アナログの恐竜」のように見えるところでしょう。 こう言う点で先ほど言った日本人のアナログ性が生きてくるのでは無いでしょうか? 300MHzのクロックで動くCPUからティラノザウルスが自然な動きを見せるまでは、途方もなくいろいろな仕掛けが必要です。 現実の自然はスーパーストリングかクオークから人間、宇宙まで、もっともっと多くの仕掛けを持っています。 人間の作ったCPUがこの複雑さに匹敵するまではまだまだ時間がかかるでしょうが、急速な進歩のおかげでそう遠い将来でなくとも、その一端が垣間見れるところまで来るのでは無いでしょうか。

                                  それにしてもロスの空の汚いこと。 飛行機が降りるに従って空と地平あたりのチョット上の方から下がどす黒い感じでスモッグが溜まっています。 サンフランシスコでも同様ですが、こっちはもっとひどい感じがします。 こういのを見ていると、排ガス規制とか電気自動車とかを本気で思うようになるでしょう。 おそらく下は普通のビジネスマンから上は大統領まで結局は同じ空の上を飛んで旅行するわけで、みんなが同じ光景を見て同じ事を実感しているに違いありません。

                                  町の中は以前にあったようなスラム的な感じは無くなって、何となくスマートになって、ボナベンチャーもそんなに目立たなくなり、ブロードウエイのグチャグチャから一歩横へ行ってARCOプラザでスッキリ、と言う感じは以前ほどは極端では無くなりました。 交通渋滞は相変わらずですが。

                                      またその暑いこと。 もっとも日本の大阪や京都の暑さとはまた違いますが、サンフランシスコを出るときに95度と脅かされて、なぜか飛行機のパイロットは80度と言い、乗ったタクシーの運転手は100度を超えていると言いましたが、最後がやはり正しい。 しかしムシムシするわけではありませんので、それなりの爽快感とは言えないまでも、そういう感じはあります。


                                    7月27日

                                      今月は、「シリコンバレーだより復刻版」を掲載しましたので、このページはお休み、、、のつもりだったのですがいろいろ書いてしましました。 なんとなく懐古趣味的ですが、イラストがなかなか面白いのと、時間の経過というものを実感するべく掲載してみました。 もう一つは「Windows 95/NT を256倍使いこなすために」を作り始めましたが、まだまだ建設途上です。 キッカケになったのは、最近 Windows NT をインストールして使い出そうと思っていろいろ試行錯誤をした結果、やはり試行錯誤の過程を残しておくと後で自分でも参考になるだろうと、始めたのですが本来のNTの作業がなかなかはかどらないので、四苦八苦しています。 アプリケーションは大体動くのですが、I/O 周りがやはりかなり弱い。 特にドライバがらみはまったく動きません。 今日もさて動かそうとプリンタのドライバを探したらこれが無い! プリンタ無しでは仕事はほとんど出来ませんので頭を抱えているところです。 アメリカのメーカーはかなりこの辺が改善されていて、ほとんどのものはダウンロードできます。 日本は少々遅れ気味です。

                                        アメリカの株価がダウ平均でとうとう8000ドルに乗りました。 以前からだんだん危険水域に近づいていると、このページでもご紹介しましたが、とうとうという感じで大台に乗りました。7000ドルのときも大台という感じだったのですが、今度こそ本当の大台ですね。 今日の新聞を見ていてもサスガに危険だと言う論調になっていますが、片やアメリカ本国では、これから新しい経済状況に入って行って、インフレ無き好景気が少なくとも今世紀中は続くだろうとの楽観的な見方が多くなっているようです。 牽引役はハイテク、IT。 確かに最近のNASDACも一時の停滞状況から明らかに上昇状況に変化してきています。 しかしミクロに見ると同じインターネット関連の会社でもグッと上がっている会社もある反面、底値安定組も多く見られます。 JAVAもイマイチ元気が無くて、先日は東京の都市博跡地で開かれたJAVA関連のショーはそれなりの賑わいを見せてはいましたが、もう一つ何かをグイッと引っ張るような迫力はありませんでしたね。 今年後半のJAVAのOSの完成待ちといったところでしょうか。

                                      毎月のページの後半は、どこかの旅先の話で締めようとしていますが、そう毎月話が出来るようなところへ行くわけにも行かず、今月は先日ヨーロッパの人間が来たので、何の関係も無くイギリスの話にしましょう。 自慢ではないですが、イギリスには仕事で行ったことはなくて、完全に仕事を離れた自己都合でしか行ったことはありません。 それがどうした?! 日本と変わらないそんなに大きな国ではありませんがよく言われるように、スコットランドとウエールズとイングランドと3つの国が今でも厳然として存在するという極めて面白い国です。 スコットランドの通貨はロンドンでは使えず、ウエールズでは英語はまったく役に立ちません。 しかし、どう言う系統の言語なんでしょうね? 少なくとも英語やドイツ語などのゲルマン系でないことは確かです(本当かな?)。 日本語と朝鮮語みたいな関係かも知れません。 これも変といえば変ですね。 隣同士のひょっとしたらイギリスみたいに同居していてもまったく変ではない距離に住んでいて、しかも文法的には世界には希な系統でしかもまったく違う言語ですから。 英語とドイツ語なんて青森弁と鹿児島弁よりもう少し近いのではなかろうか? というほど近いと思います。 大昔に習ったこともあるのか、一生懸命に聞いていると、もちろん簡単な日常会話ですがなんとなく言っていることが分かってきます。 これがフランス語やスペイン語になるとサッパリわかりません。

                                          イギリスに話を戻しますと、スコットランドへは列車で、ウエールズには車で行きましたが、やはりウエールズの車の旅行のほうが印象的です。 列車もありますが南と北はつながっておらず、非常に不便です。 従って、旅行社のツアーにもほとんど出てきません。 バスをチャーターしてそれでの移動にしないと、団体旅行は出来ないからでしょう。 昔の小さなSLが多いのもポイントですね。 一つ見つけて乗って、一人で悦に浸っておりましたが、後で調べると同じようなSLが10数ヶ所有るとのことで、びっくりしました。 SLで有名というか面白いのはオーストリーの湖水地方の山を登るもの。 ハゲ山をエッチラ、オッチラ登ります。 ほとんど半日のスケジュールなので、結局行ったときにはすでに出発した後で乗れませんでしたが、ユーレイル・パスでぽんと切符をくれて、乗ろうと思えば乗れるのでびっくりしました。

                                        今月のひとこと 1997年1月から6月号

                                        6月22日

                                        先日、今年のキーワードである「PUSH」に絡んだコンファレンスに行ってきました。 たまたまネットサーフィンをしていて見つけたものですが、典型的な小型のコンファレンスでした。 展示も4-5社ホテルの廊下でやっていると言うマイナーも絵に描いたようなものでしたが、こう言うのに限ってなかなか面白いものです。 おまけに昔の知り合いとバッタリ。 やはり来る人は来るんですね。 MSもネットスケープもいなくてチョットさびしい限りですがその分のびのびと自由な議論が多かったように思います。 そこそこ有名と言ってもまだ実際は小さなベンチャーなのでしょうが、VP自ら昼食のテーブルを回って売り込みに懸命でした。 こういうところは小さな集まりでないといけませんね。

                                        あと、肝心の本題は忘れましたが、なかなか本質を突いているか、もしくは完全な笑い話ですが、こんなのがありました。 曰く、宅急便の封筒のバンド幅は45MのT3に勝る! 1時間のDVなら10Gb。 3時間のテープを10本送ると約300Gb。まあどれくらいの時間をかけて送るかが問題でしょうが、確かに情報を送るのは何も高価な通信回線だけではないんだぞ、と言うことで何となく納得したような、だまされたような。

                                        この前後に久しぶりにモントレーに行ってきました。 サンフランシスコの南にあるあのモントレーです。 別に言い訳ではありませんが、会議があんなところであったものですから、いやいや(?)行ってきました。 適当に出たのは良いのですが4時ごろだったので101は大混雑。 特に85が南のほうまで伸びたせいで、これと101の合流点で混むようです。 特に85の方が混んでいましたね。 北の方の101から入る方も先日夕方に通りかかって280の方へ行こうとして85に入りかけて、あまりの混雑にアキラメて101の混雑を選びました。 モンタレーは行きはこのように混みはしましたが心配した分岐点をキチンと曲がってまあまあの時間で着きました。 次の日の帰りは日曜日でこれもルンルンで途中でチェリー何ぞを買いながら、ゆったりと戻りました。 ところで最近ローレンスとホームステットの角で売っているチェリーはものすごく高くなりましたね。 おまけに中は低級品とのミックス。 以前は農場の中まで入って、取りたてを売っていたのですが。 ギルロイあたりのものはサスガに大きくて赤くて甘くて安くてなかなかのものでした。

                                        ジャズフェスティバルも有名ですね。 何度も行きたいと思っているのですが、行くチャンスが無いので今度こそと思っています。 ちなみに今年は9月の19,20、21だそうです。 以前にたまたまニューオールリーンズのジャズフェスティバルにぶつかって大感激。 もっともあそこは大きいので年に2-3回は何かあるようですが。。

                                        ここまでは良かったのですが、まだ以前のように物忘れをするようで、その日の夜、さあ寝ようとベッドに入ってしばらくするとジャケットが無いのにハタと気がつきました。 使いもしないのに持っていって、おまけにめったにしないハンガーにかけると言うことをしたためにチェックアウトの時に忘れてしまったようです。 慌てて電話するとサスガにキチンとしたホテルだけあって保管していますとの事。 時はすでに10時を過ぎています。 誰かに届けてもらうとか、宅急便で送るとかいろいろ考えたのですが、日本へ戻る日程との関連でどうしても今日のうちには入手しなければならなくなりました。 急遽、着替えてもうやけくそでぶっ飛ばして行きました。 こんな時間でもパトカーはチャンと居て、これで捕まったり事故を起こしたらまったく割に合わんなと思いながら12時前には元のホテルに戻れました。 なになに、片道1時間チョット。。 しかしここからモンタレーまで100マイルとは言わないが80はあるのでは?? 通常の計算は合わんで??


                                        5月25日

                                        昨年の今ごろはイントラネットと言う言葉が飛び交っていましたが、今年はどうなるのだろう? と見ておりました。 年の始めには「モーバイル」という言葉がどうも今年のキーワードになりそうだ、と言う感じでしたがどうも雲行きがおかしいようです。 恐らくPHSのデジタル通信が4月から始まるのを見越した事が先行していたのでしょう。 しかし、いかんせん日本だけの出来事で世界的な広まりには至らなかったようです。

                                        ところでPHSのデジタル通信はいかがですか? 当方もさっそく試してみました。 システムの方もなかなか良く出来ていて、特にPIAFSに対応していなくても特定のノードを経由してつながるようです。ATコマンドのDPとDTをうまく使い分けて実現しています。 最初は何の事か分からず、一瞬と惑いましたが。。 まあ下手に考えずにそのまま使えば当然のごとく使えます。 接続にちょっと時間はかかるようです。 速度もまあまあ。 まだ空いているからかもしれませんが。

                                        今年のキーワードの話題に戻しますと、今年はどうやら「PUSH」になりそうです。 やはり人間はそんなに勤勉ではないので(自分がそうなのでみんながそうだと言いたい)、画面はボーッと見ていたいのでしょう。 インターネットと言ってもインターネット電話でも、WebTVでも、結局は従来のものに限りなく近づいて行くと言う、まことに矛盾した状況になっています。 まあ物事は2歩前進1歩後退で少しずつ前へ進むのでしょうから、今がそういう時期なのかも知れません。 一方では、物事は落ち着くところへ落ち着くものだ、と言う見方も有り、この伝で言うと過去に営々として試行錯誤を重ねて、現在の大きな意味の情報インフラに落ち着いたわけで、基本的にはこの枠組みの中でしか、物事は進まないのかも知れません。 もしそうであれば、真に新しい枠組みが出来るのには21世紀の中ごろまでかかるでしょう(生きてはおれんな)。

                                        話は飛びますが(どんどん飛べるのが自分のHPの良いところですね)、実は先月はオーストラリアに遊びに行っていました。 赤道を超えるのは実は初めてで、久しぶりにわくわくした気分が味わえました。現地では、例のごとくレンタカーを借りてウロウロしていましたが、まず最初に引っかかったのはビザ。 ビザがいるなんてほとんど考えませんでしたので、出発間際にガイドブックをなんとなく見ていてハタと気がつきました。 慌てて大使館へもらいに行って、シャッターが閉まる寸前に滑り込んでセーフでした。 もらったものはカード一枚。 入国の時には見もしませんでした。 本当に必要なのかしら?

                                        それから現地で、ものすごく勘が狂ったのは、あたり前ですが太陽が北から照っている事。 当然すぎるぐらい当然な事なのですが、頭で分かっていて体で分かっていないとはこのこと。 とんでもなく道を間違えるのです。 最初は分からなかったのですが、やっと途中から分かり始めまして、イチイチ声に出して北とか南とかやっておりました。 それと、オーストラリアは土地は広いが町は狭い。 中国でも同じような話を聞いた事が有りますが、ここでも同じ。 レンタカーに分厚いもの凄く細かい地図の本が乗せてありまして、何でこんなものがあるんかいな、邪魔だからどっかにしまっておけ、と思ったのですが町は複雑怪奇。おまけに川があってそれに阻まれて、行けるはずのところが目前にして行けない事もしばしば。 Today をツダイと発音するオーストラリア語にもめげずに、日本でもややこしくて行けそうにもないところに行った時はサスガに感激しました。

                                        太陽はもちろん、オリオン座がさかさまに見える土地で、多分地磁気も逆転しているはずで、そういうところでチョット将来の事も考えてみるのも良いかもしれません。 意外にこういう所から未来の真に新しい枠組みが出てくるのかもしれません。 なんで南半球の人は下に落ちて行かないんかな、なんて考えていた頃が懐かしくなってきます。


                                        4月20日

                                        今月は連休も近いので(おいおい!)早い目に作る事が出来ました。 ついでに先日やっと発行された京都市の産業観光局が出している冊子に投稿したものをアップしました。 私もいろいろ言ってはいるのですが、悲しいかな単なる勤め人ですのでまとまったものを書くチャンスが有りませんでした。 これでもまとまっているとはとても言えないのですが、まあそれなりに完結しているでしょう(と思いたい)。 他にも著名な方が執筆しておられて、この種のものとしてはかなりのものではないかと、半分自画自賛しております。

                                        先月紹介したJavaOneに行ってきました。 無理にハワイ回りにしたおかげかどうか分かりませんが、トラブルが次から次へと続出してとんでもない出張になってしまいました。 最後のほうは本気で本当に日本に戻れるのかしら? と不安になるほど散々でした。 しかし、戻ってから冷静になって考えてみると、カメラ(はどうでも良くて中のほとんど1本撮影済みのフィルム)を無くしたぐらいで、そんなに致命的な事は起こりませんでした。 まあこうやって無事にこのページを書いているくらいですから。

                                        JavaOne に話を戻しますと、参加者は異句同音に 「高すぎる(参加費は1000ドル以上)主催した某S社さんのみが儲かった」、 「中身がない、結局MSに白旗を揚げたのと同じでは」 など酷評が多かったようです。 まあ一種のお祭りですからしょうがないでしょう。 当然それとは別に周辺のホテルではそれぞれ、うちわと言うか本音と言うかの日本で言えば料亭会議が行われていました。 もっとも日本と違って挨拶もなく三々五々集まってはつまみとビールかワインと言う極めて安上がりのパーティですが。 サンフランシスコ市長もこの週は Java Week だと言う感謝状なのか何なのか知りませんが書状を出していたそうですが、確かにいろんな面でサンフランシスコ市の経済の多少でも役には立ったのかと思います。 昨年は5000人今年は10,000人との事で、来年は3万人、しょうがなく? ラスベガスでやらんとアカンなーとはJava関係者の弁。 そんなアホな、今年より減るかも知れんぞ、とは参加者の弁。

                                        ビルジョイも何となく過去の人になってしまいましたね。 最近の若い人は良く知らないんじゃないかなと思います。 最近の大学生(当然それなりのバリバリ)に聞いてもワークステーション時代の事は、ほとんど我々で言えば第2次世界大戦前と言う感じで、時代は完全に変わってしまいました。 たまたま、参加したと言うより半強制的に連れ込まれた開場では、Sun のマクネリーがやってきて、ジャバマークの皮ジャンを見せてあっという間に退散。 きっと掛け持ちでお座敷回りをしていたんでしょう。 同時に現れたビルジョイは何も言わず、開場の隅で誰かとボソボソ。 こっちは現役時代は神様みたいな存在でしたから、そんなに親しい訳でもないので近寄りませんでしたが、ほとんど誰も気にしていない様子でした。

                                        2日目の午後、本会場にコメディアンが現れて漫談(なんでしょうね)を始める時にちょうど時間になって抜け出しましたが、コメディアンも何かMSと言うとみんなに受けるので、最初は戸惑っていました。 そのうちにコツを覚えて、日本流に言えば「郵便ポストの赤いのも消防車の赤いのもみんなMSが悪いんだーー」。 拍手喝采。


                                        3月30日

                                        だんだんと書く暇と書く事が無くなってきました。 常々「本質的な仕事の80%は20%の時間で出来る、従って1年のうち20%を本質的な仕事に割り振れば仕事の80%は出来る」と言っているのですが、言っているのとやっているのとでは大違い。 今月はギリギリになってしまいました。。。。

                                        ごく最近に、さるアメリカの結構有名なベンチャーP社から電話がありました。 最近ではメールが良く使われるので、電話は珍しいのですが、何回かのメールのやり取りの後にかかってきました。 用件は数年前に当社を辞職して今はアメリカにいる技術者、それも当社を辞めてから2-3回ほど転職しているのですが、その人間の Reference つまり身元照会を兼ねた人事情報収集です。 大体こういうものは辞めた直前のところまでしか一般には追いかけませんが、この場合は何と2-3社前まで、おまけに日本まで電話で追いかけてくると言う徹底したやり方で、驚きました。 某MS社もこれくらいの事はやるそうです。 確かに新聞にいわゆる3行広告を出すだけで、びっくりするほどの履歴書が送られてきます。中には大手のそれなりの地位の人間も多くいます。 これが今をときめくインターネットがらみのベンチャーとなれば、いったいどれくらいの履歴書が集まったのか想像もつきません。

                                        たまたま私もその会社には興味を持っていたので、電話してきた人事担当をつかまえて、本題そっちのけでかれこれ30分以上しゃべっていました。 ついでに余計なことをいろいろ言ってしまったので、ヒョットして不採用になったら、私のせいになるな、と少々心配しておりましたら、その直後に本人から採用になったと言うメールが入ってきました。 これで一件落着でめでたしめでたしでありました。 アクションはものすごく速いですね。。

                                        それにしても最近はアメリカの株価が落ちていますね。 今日の新聞でも牧野さんが言っておられますが、日本の景気は心配ない、基本的な体力はある、 しかしアメリカの景気は89年ぐらいからずっと落ち込んでいない、2-3年以内には必ず落ち込むので、また日米貿易摩擦が再燃する、 と言う趣旨でした。 私も同感で、昨年の末あたりから先端ビジネスのインターネットに一服感が出てきて、それに連れてインターネット関連の株価が下落し、最近ではダウ平均そのものが落ちてきています。 願わくば急落ではなくて、徐々に落ちて軟着陸してほしいものです。 急落すれば、ただでさえ心理的に落ち込んでいる日本経済がまたもや失速することになるでしょう。

                                        アメリカの話題になったのでついでにもう一つ。 クリントン政権になって始めて米国が受ける貿易障壁の報告書が出てきたとのことで、その中で当然日本も取り上げられていて、官僚による行政そのものも批判の対象になっています。 今までも何となく内政干渉的な印象が強くあったのですが、ここまで言われると、確かに問題はあるのですが、ほっといてくれと言いたくなります。 我々も横からゴチャゴチャ言われるより先にこっちからもいろいろ注文をつけたいものです。

                                        4月2日からサンフランシスコで JavaOne と言う Java のコンファレンスがあります。 James Gosling とかが出てくるので楽しみです。 先月はふらっと入ったACM97で何とクオークを発見したと言うか理論を作ったと言うかのゲルマンが出てきてビックリ。 話の内容は結局あまりに哲学過ぎてほとんど分かりませんでしたが、この人だけは我慢できずに、恥も外聞も忘れてサインをもらいに行きました。 この他にもイーサネットのメトカルフェとか、最前列にいたおかげで回りは、それはもう超有名人だらけでした。 どうせ元コンピュータをやっていたと言う、回顧趣味の学会と思っていたら、とんでもなくて、過去50年のコンピュータの歴史の上に立って、次の50年を探ろうと言うとんでもない学会でした。 と言う事で期待していなかった割には、ものすごく面白い集まりでした。 Webでビデオでまだ見ることが出来るようなので覗いてみてはいかがでしょうか?

                                        JavaOne に話を戻しますと、これに出席しようとしているのですが先ほどの話ではないですが、時間が無くて四苦八苦しています。 こういう時の飛行機の選び方、特に関西空港からの人への情報です。 関西空港からと言うと通常は、あのUA810便で6時か7時ごろ出発になります。 私の場合ですと、3時ごろ会社を出るとまあまあ間に合います。 ところが今回はどうしても5時まで会社にいなくてはならなくなりました。 それでいろいろ探すと、ありました。 ハワイ回りで夜の10時半関西空港発、到着は何と同じ日の夜の9時ごろにサンフランシスコに着くという、なんともバカバカしいと言うか、ご苦労様と言うか、その様な便がありましたので、もしこういう状況に陥った場合は考えてみたらどうでしょうか?


                                        2月26日

                                        最近ついに50回目の誕生日を迎えました。 もう、どんどんスピードが加速しているような感じでですね。 現在の会社に入社した頃は年長者と言っても30歳台。 ものすごいと言ってもせいぜい40歳台でそれ以上は想像も出来ませんでした。 と言っていてもしょうがないので、前回の続きの薬の話にしましょう。。。。

                                        最近アメリカに行ってのお土産はビタミンと決めています。 ほとんど何でも日本で手に入るので、珍しいものはもうありませんよね。 特にお勧めはビタミンCで、10ドルぐらいで大きなビンが買えます。 なんでビタミンCだって? これは当然に風邪予防です。 私は喉が子供の頃から弱くて、ちょっと無理をすると喉が痛くなって次には必ず風邪を引きます。 何か頭が痛いな、とか喉が痛いな、とか身に覚えのあるときにサッと飲むと風邪を引きません。 引いてしまってからでは効き目が無いようです。 それも生半可な量では効きません、 グラム単位で飲む必要があるます。 最近では2000ミリグラムが登場して1錠ぐらいで効くようになりました。 良く風邪薬にビタミンC配合とあるようですが、数十ミリグラムの事が多く私の場合は、あんまり役に立たないようです。 ビタミンCは沢山飲めば良いと言うものではなく、飲みすぎると体外に排泄されてしまいます。 そこで錠剤がジワジワと溶け出すようなものがあり、これをタイムリリースと言っています。 最近は見かけなくなったと思って、必要無くなったのかと思ったのですが、また最近増えてきまして、やはり必要だと言う事でしょう。 ただし、ビタミンのこう言う大量摂取は例が無く、長期間の間には何らかの副作用が出てくるかも知れません。 こう言う事を考えてお試しください。 また健康診断の前には控えたほうが良いでしょう。 重要な別の病気のサインが隠れてしまう恐れがあります。 良く分かった医者はキチンと見分けます。 私の場合でも一度見破られてしまったことがあります。 変なデータが出ていますが、ビタミンCを飲んでませんか? と言われてしまいました。

                                        この他にはビタミンEがかなり安く、数分の一程度で入手できます。 Webでの注文も出来るようですので、検索のページで探してみられると良いでしょう。 ただし、私がパラパラと見たところでは、なんとなく胡散臭いページもありましたので、気を付けてください。

                                        この他に面白いものと言うと、亜鉛があります。 鉄と同じく体に必要な物と言う事ですが、 こう言う類のものは、鉄以外には知りませんでしたので、そう言えば見た事があるなー程度でした。 しかし、ほんとかうそか夜のナニに効くそうで、もしご興味がおありでしたら、試してみてください。 出来れば結果を報告頂くとここでご紹介します。 何度も言いますが、害は無いようですが、効果のほうは保証の限りでは全くありません。 (^^;

                                        喉の話で思い出しましたが、日本では最近噴霧式の喉の薬が出てきたので便利になりましたが、ちょっと前まではなかったので、噴霧式のものを買って帰って使っていました。 日本のものと異なって、本当にバーッと霧吹きみたいに出る代物で、その代わり味はそれなりにつけてあります。 これを喉が痛いと言っては会議中もシュコシュコやっておりました。 ところがなんとなく癖になってきて、一日中手放せなくなりました。 何かおかしいと思って、良く効能書の成分を見てみると、何とアルコールがかなりのパーセントで入っているではありませんか。 これでは酒を飲みながら会議をしているのと同じで、道理で癖になると思いました。 後で聞いてみると、要するにアルコールで喉を麻痺させて痛みをなくすと言う事らしいのです。 知らなかったとは言えこうして合法的?に会議中にアルコールを噴霧する? と言うか飲む事が出来るわけで、いっそのこと代わりにウイスキーでも入れておいたら、もっと良く喉が直るのにと言う勝手なへ理屈をこねていますが、まだ実行しておりません残念ながら。



                                        1月26日

                                        こう言う風に、少なくとも毎月何かをわずかでも書くと言うのは結構大変なものです。 その割にはもっと時間がかかる報告書の類を結構書いてはいるのですが。 今月は思い付いて、薬の話にしましょう。

                                        少し前のメラトニンブームは凄かったですね。 アメリカでは、いわゆるドラッグストア(文字どおり薬屋)が沢山ありまして、そこで山と売っています。一見普通のスーパーと変わらず、ビールや文房具やなんでも置いてあって、コンビニの大型と思って良いでしょう。 しかし、奥には必ず昔の日本の薬屋さんのように調合室があります。アメリカの一般の病院では薬は出してくれず、処方箋をもらってここでそれに従った薬を調合してくれるのです。がりがりと混ぜるのまでは昔と変わりませんが、それからエイと型に入れて錠剤にしてくれます。錠剤と言っても巨大で、飲むときには勇気が要ります。 ちょうど子供が錠剤を飲み下せないように、我々も恐怖に一瞬かられるのです。

                                        ちなみにアメリカの病院は本当の大きな総合病院は別にして、いわゆる町医者と言うのは2つに分かれます。一つは日本のようなお医者さんで、一般には予約をしていきます。診察室には本当に何も無くて、聴診器、体温計、血圧計だけといっても良いでしょう。日本の病院を見慣れていると、少々頼りなくなりますが、ちょっとの風邪でもきちんと診察してくれます。 もう一つはクリニックで24時間営業。 ただし私は行ったことがありませんが、ものすごく高いと言う事です。 いわゆる純粋に事業として病院を経営するとこうなると言う事です。

                                        私もそう何回も病院に行ったことがあるわけでもないのですが、やはり海外にいるときには最も気になるのが病気になることです。特に英語の病気に関する用語はラテン語そのままですから推定もつきません。日本語の病気の用語は元は中国語ですが、幸いなことに各々の漢字には意味があり、これでまったく知らない病名でも何とか推定がつくものですが、英語の場合はいちいち覚える必要があります。 一般の大学にはそのためにだけ授業があると聞いたことがあります。

                                        ところで、メラトニンは試されましたか? 効くと言えば効く、効かないと言えば効かない、みたいなところがあって良くは分かりませんが、まあ効き目は無いことは無いでしょう。 私みたいに常に時差ぼけに悩まされている人間にはそれこそ夢みたいな話です。 一時は発ガン防止から長寿効果まであるとされて、大騒ぎになりました。気になる輸入規制ですが、やはり無制限と言うことは無くて、2ヶ月までの個人使用なら許されるようです。 お土産に山と買い込んでいる人がいましたが、これは違法です。

                                        時差ぼけでお悩みの方へのアドバイスとしては、やはり時差ぼけも病気の一種だと観念して、お医者さんに相談される事を薦めます。 要するに寝なければならないときに寝れないわけで、そういう時にこそ睡眠薬があるのです。毒も薬とは良く言ったもので、まさにこう言うことを言うのでしょう。 きちんと訳を説明すれば、良いのを調合してくれます。 ただし個人差があるので、飲んだ朝気分が悪いとか、ふらつくときは変えてもらって自分に一番良いものを自分で見つける必要があります。 私がこれに気付いたのは、たまたまお医者さんの団体といっしょに旅行する時がありまして、その時こちらは夜、寝れずにウンウン言っているのに、さっと自分用に調合した薬で寝てしまったのです。 さすがに餅は餅屋で感心しました。

                                        最近のはやりはDHEAと言うのもので、若返りの薬と言われていますが、肥満恐怖症のアメリカ人としてはやはりコレステロールが低くなるとか、血圧を下げるとか言う事に関心があるようです。先日飛行機に中のニュースを見ていたら出てきたので、スーパーに行くといっぱい置いてありました。 特に安売りの量販店に行くとこれと先ほどのメラトニンが山積みされていました。 ついでにWebを見るとそれこそ山とあって、日本からも買えるようです。 日本人も薬好きと良く言われますが、アメリカ人も好きですねー。 次回は今日書ききれなかった薬の話、第二弾と行きましょう。



                                        97年 1月 1日

                                        昨年はイントラネットに幕を開けた年でしたが、今年は何で幕を開くのでしょうか。 21世紀まで後4年となり、別に世紀が変わる事それ自体は何の必然性も無いとは思いつつ、それでもやはり気にはなって来ます。 MOSAIC、インターネット、JAVA、イントラネット、NC と立て続けに大きな衝撃を与える話題がありましたが、最近はちょっと一服感と言うか踊り場と言うか、そういう場面に差し掛かっていると思います。 もちろんこう言う時期には本当の事業の基礎が作り込まれていますので、話題を集めなくなったからと言って基本的な方向性が変化した事では無いでしょう。 実際の事業が実際的な仕事として粛々と進められていることでしょう。

                                        初期のPCも今から見れば、実に簡単なもので、いわば個人の努力で出来てしまう物が多かったように思います。 MSの初期の Basic は確か4Kバイトではなかったかと思いますが、今やその1000倍の4Mバイトのソフトは珍しく無くなり、40Mバイトでも市販されている様になりました。 最初に 68000 の仕様を見たとき、16Mバイトのアドレス空間を何に使うのか全く想像もつきませんでした。 今となっては2次記憶空間は勿論のこと、メインメモリ空間としても不足してきました。 おそらく、過去の歴史の中で20年足らずの間にこれだけの変化をしたのは、初めてではないかと思います。 それに従って、特に半導体の製造のための投資額の大きさの伸びは年々大きくなります。 現時点では一つのプラントの投資額は大体、製鉄の高炉に匹敵するのではないでしょうか。 もっと大きな物は石油のコンビナートで、これは1桁は大きいと思いますが、先ほど言ったように伸びがどんどん大きくなるのでおそらくこれを超えるのは時間の問題だろうと思います。 もっと大きな物には原子炉がありますが、これは後処理を含めて完全に商業化されているとは言い難いので、これを除くと、そのうちには最大級の製造設備が誕生するでしょう。

                                        こう言う状況と軌を一にしていると思われるのは、最近大企業が元気と言うことです。 残念ながら米国の話で、日本はまだまだ時間がかかると思います。 それにつけても思うのは、やはりアメリカは偉大と言う事です。 やっと追いついたと思ったらアッサリと先に行って、さらにその加速度はますます上がっています。 日本で今、問題になっている財政赤字にしても、金融再編成にしても、アメリカでは80年代の終わりに全て経験しているのです。 あの時銀行がどんどん潰れて、アメリカは全国規模のものが無いとか、いろいろ言われましたが、こうしてみると全く同じ道を歩んでいることがわかります。 金融再編成は終わり、財政赤字も目処がつき、株価の高値張り付きで、一種のバブルだと言う人もいますが、現時点ではインターネット関連事業と絡んで極めてうまく行っているように見えます。 そろそろ株価も頭打ちになってきましたが、急落すると米国だけでなく我々も大きな影響を受けるので、株価からは目が離せません。 閑話休題。

                                        大企業元気の話に戻しますと、開発にしろ製造にしろ投資の大きさが大きくなっているので、やはり懐の大きい大企業が有利になってきます。 この辺は日本企業の十八番だったのですが、最近ではアメリカの会社に看板を奪われています。 さらに一時は諸悪の元凶の様に言われた、4半期ごとの決算もこのように変化の速い事業環境では、これもプラスに動いていると思います。 アメリカの後を何年か遅れでついていっている日本にいる我々は、いずれはこう言う状況になるのだと言うことを、お手本があるのですから、よく見てその時に備える事が大切でしょう。

                                        今月1996年2月から11月号+自己紹介


                                        11月29日

                                        以前に約束した通りCOMDEXの報告をします。 最近は行っていなかったので、良く分かりませんでしたが、会場が昔のようにあちこち散らばっていないだけでも助かりました。 以前はシーザーズパレスのようなところまで展示があって、移動だけでも大変だった事を思い出します。飛行場の近くには、たくさんホテルが出来て、ニューヨークのミニチュア、と言っても1/3の大きさだそうですが、建設中でした。 おかげで私の行くはずのホテルがその陰になって見えずに大分遠回りしました。

                                        さて、問題の話題ですが、初日のキーノートはインテルのアンディ。どこかの移民でえらく訛があるという事で覚悟をしていきましたが、何と言うことはなく、きれいな英語でした。 その中で彼曰く2011年には10GHzのクロックで100KMips、10億トランジスタのCPUになるとの事。 人間の脳細胞は確か140億と言われていますから、あと一桁に迫る訳で、自分が生きている内には行き着くところまで行き着くのか? と一瞬思いました。 2011年の話は、それでも設計の複雑さは4000倍になるそうです。この辺は半導体の設計者らしく、過去の苦労がにじみ出ています。 絶縁のための酸化膜は20オングスロームで、要するに原子が20層並ぶ計算になります。 デザインルールは0.07ミクロン。

                                        1990年にインテルが2000年には2000Mipsになると言ったときは、そんなアホな、と思いましたが、今回は私にとって妙に説得性がありました。 たしかに4004、8008、8080、8086、386、486、Pentium と並べると確にそのカーブに乗っかっているわけです。 それで結局このCPUパワーを何に使うのかと言えば、要するにデジタルテレビ。 非常にリアリティのある画面でインタラクティブに何かをすると言うことでしょう。

                                        次の日はビルゲイツ。例のごとくたいしたことは言わずに CEにも一言触れただけ。全体にはインターネット社会みたいなものを、いかにもお金のかかった様なデモと言うかプレゼンをやってくれました。 従って楽しかったが何も後には残りませんでした。

                                        3日目はネットスケープのジムバークスデール。 何故かジムクラークは出てこない。 予想通りと言うかやはりと言うか、最初はお金の話で、いかにインターネット関連の会社のリターンが良いかという話から始まってみんなうんざり。 だけど最後は元マイクロソフトのエンジニアと言うのが95のGUIを取り込んだ物をデモしてやっとみんな満足。 これはステージの下でビルゲイツが密かに見ていたと言うウワサ話まであります。

                                        展示は予想したNCもほとんどなく。ザウルスのようなPDAが幅をきかせていましたが何となく熱気は感じられませんでした。 音声認識は私も興味があっていろいろ見ましたが、確に数は大幅に増えていますが、内容は貧弱。 ほとんどデモとして動かないものまである始末。 目立ったのはビデオコンファレンスと言うかビデオカメラ。 単体からシステムまで何でもある。 当然ですが、特殊ハードが必要なものは画像品質が高く、不要なものは低いというそれだけですが、まあいろんなものがありました。

                                        圧巻は40インチのTFTパネル。某S社さんです。 設備代が大変やろうな、とか何枚の内の一枚何やろ? とかいらん心配をしておりました。 某M社さんはこれも40インチのこっちはカラープラズマ。 これもサスガに迫力がありました。

                                        通信関連では通常の電話線のモデムで57Kいける、と言うものがあり、丁度ラスベガスに行く前に半信半疑で買っておいたので、こっちも必死になって聞きました。 どうもクリスマス商戦目当てのものらしく、レジストレーションをしておけば、来年の1月にモジュールを送ってくるとのこと。 登り下りで速度が違うとか、ホスト側には何らかの仕掛けが必要とかいろいろあるみたいですが、通常の電話線で57Kが出るのは本当に有り難い。 と書いているといつまでも書かなければなりませんので、今日はこの辺で。。100


                                        10月22日

                                        ちょっとブックマークがたまってきたので、整理を兼ねて、ここに収録してみました。 たくさんあると思いましたが整理をすると、意外に少ないものです。 特にシェアウエアはまあまあそろっていると思います。

                                        最近プリントサーバーに凝っていろいろコレクションをしております。一昔前は一つの大きなワークステーションをプリントサーバに使っておりました。 現在でも結構こういう贅沢がまかりとおっています。 何しろ、立派なプリンタが2万円そこそこで入手できるのですから、何が主役で何が脇役かわからなくなってきました。 最近はごく小型のちょっと前ならプリントバッファと言われていたような小さな箱がプリントサーバーになっています。 たばこの箱の大きさの中に TCP/IP を始め Netware や NetBEUI が実装されています。 中には Telnet でログインできたり、 Web サーバーになっているのもさえあります。

                                        これを使うと、パラレルポートが空きますので、他のもっと重要なビデオカメラとかスキャナーなどを専用で使えるようになります。 いずれにしても、せっかくの双方向のパラレルポートを単方向のめったに使わないプリンタに使うのはそれこそもったいないというものです。

                                        更には、PCが2台、プリンタが2台という構成では、どういう風にプリンタの切り替え器をつないでみても使い勝手の良いつなぎかたは出来ません。 これが LAN とプリンタバッファを使うことによっていとも簡単に解決できます。 もっともプリントサーバーといっても万能ではなく結構使い勝手が良くないものもあります。 当初想定した、 Win95 をエミュレートするようなものはまだ無いようです。 これも時間の問題とは思いますが、現時点ではかなりメーカ間の落差が大きく、 台湾製のものなどはほとんどプリントサーバとは言えないようなものまである様子です。


                                        10月5日

                                        前回にホームページの訪問カウンターを付けたところ、私の予想を遥かに越えるアクセスをいただいているようで、御礼申し上げます。これからは気を引き締めて充実させていきたいと思っています。

                                        最近、立て続けにイントラネットの講演依頼があり、まったく同じ事を喋るわけにもいかず、少しずつ話題を変えながら、つたない話を申し上げましたが、やはり印象に残ったのはその関心の高さです。イントラネットにはいろいろな側面があるわけですが、私が強調しているのは業務革新というかそれよりもっと大きな捕らえかたで、企業構造の変革、更にはエンタープライズ・トランスフォーメーション(企業変身)と言う言葉もあるように、企業、組織のあり方に大いに関連してると言う事です。 戦後50年を超えて21世紀を迎えようとしている今、企業や組織のあり方が根本的に問われているのでしょう。 私もすでに年俸制になっておりますし、やがてはどんどん若年層にも広がろうとしています。 この点も大きな流れの一部として「企業変身」のささやかな第一歩でしょうがやがては大きな奔流となって21世紀の幕開けを迎えることでしょう。

                                        先日、ヒョンな事からアトランタの Networld+Inerop を覗いてくる事が出来ました。 ソフトバンクが買収してから初めてだったので、さぞかし日本人が多いだろうと思っていましたが、予想に反してそんなに目立ちませんでした。 ソフトバンクの影響としては、事務局の対応がかなり良くなったと言うことを聞きました。 大体このような展示会ではレジストレーションが大変で、下手をすると初日の午前中がつぶれてしまうこともあります。 それで今回はあらかじめWebで申し込んでおき、当日バッジをピックアップすることにして、当日は早々と8時前に行ったところ、まだ受け付けは始まっていなくて、少々待った後受付に行くと、ノートブックがずらっと並んでいて、自分でセルフサービスで名前を打ち込んで自分を探し出して登録して、別のカウンターでバッジをもらうのです。 暗証番号も何も無し。 適当に名前を入れて選択すれば誰でもピックアップできるでしょう。 アメリカらしいおおらかなやり方です。 きっと間違って他の人のバッジをピックアップした人も多いのではと人事ながら心配します。

                                        Webでの申し込みは完全に暗号化されているのと、自動化されています。申し込みのページに入ると Netscape の左下の鍵のマークの割れていたのがつながって、セキュア状態に入ったのを示します。 クレジットカード番号をいれると、今度はそれの認証を自動でやりますので数秒待たなくてはなりませんが、それですべて終了です。 最近の Web でのお金の支払いは全てこういう風になっていて、ソフトですとすぐさまダウンロードの為のキーワードをメールで送ってきます。 要するに販売は一種の装置産業になっているわけです。 特にソフトウエアの場合はダウンロードと言う手が取れますから、配送問題も無いわけです。 ECや何のと大騒ぎしている間に、アメリカの企業変身を済ませた企業やベンチャーは実質的に完全なECを実現してしまっているわけです。

                                        展示会の内容ですが、雑誌などには極めてうまく紹介されています。 一人ではなかなかあそこまでは見切れません。 またプレス発表などは別にやるので、どうしても雑誌などの方が情報量は多くなってしまいます。 それでは雑誌を見ておれば良いのか,時間とお金をかけて行くことも無いのでは? と言う疑問が湧いてきますが、やはり百聞は一見にしかずと言うことわざの通り、現場を見ずに雑誌の記事を読むのと、見てから読むのでは雲泥の差があります。 最近は専用のツアーも多くあるようです。 オムロンでもやっと最近ツアーを企画するようになりました(PR)。

                                        話題は何といってもギガイーサ。 やっと100Mイーサが使えるようになったと思ったら、ギガイーサです。規格も本決まりになっていないのにすでに5社ぐらいから製品のアナウンスがありました。C&CのCPUはすでに10年間で100倍以上のスピードアップを実現し、変身をとげましたが、通信は立ち後れていました。 これでやっと追いつく感じです。 しかし、LANはともかくWANに関しての変身はまだまだで、特に日本は立ち後れています。 各家庭や事務所に156Mとか600Mの通信インフラが当たり前になる時代は本当に世の中が変身したときでしょう。 それこそ、本当に産業革命以来の情報通信革命と後世のの歴史家は評価するに違いありません。


                                        8月27日

                                        昨日ばたばたと外出の直前に思い付いて、ホームページのカウンターを作りました。いろいろやり方はありそうですが、最も簡単な方法でやってみました。興味のある方は一度お試しください。

                                        先日ヒョンな事からラスベガスで開催されるCOMDEXに行くことになりました。最近は行っていないのでどう変化しているのか良く分かりませんが、ともかく最大のPCのショーでしょう。85年当時はまだコンピュータのショーという感じでワークステーションなども出展されていましたが、数年後から完全にPCのショーになってしまいました。だいたい一通り見るだけでも3日はかかります。特に面白い穴場的なものは本館ではなくて周辺のホテルでやっている所にあるのですが当然確率は低いので無駄足になりがちです。

                                        今でも思い出すのは、ラップトップのパイオニアのGridと言う会社がはじめてノートブックを出したときです。みんなブースにわーっとたかっているので何かと思えばノートブックです。筐体はマグネシュウム合金で出来ていて、少々ふんずけても大丈夫と言うのが謳い文句です。その後個別に訪問して、日本で作らせろと言ったときは、この筐体が日本ではできんだろう、アメリカでも1社しかできない、と言われました。 当時は日本世界の工場になるんだとばかり製造の話ばかりをして回っておりましたが、あれよあれよと言うまに、PCですらアメリカで作られるようになってしまいました。

                                        11月の後半にはCOMDEX報告が出来るものと思っていますのでご期待ください。


                                        8月1日

                                        構いろんな方からお便りをいただきまして、何とかしないといけないと思っ ておりましたが、今日は頑張ってホームページの改築をしているところです。昨 今はインターネット・ブームも一段落と言うか、どんどん前に進んでネットワー クコンピュータとかJAVAに話題が集中して来ています。ECも話題を集めて いますが、例のオリンピックでは意外に不評であったと新聞には出ていました。

                                        今年に入って Windows 95にしようと、いろいろ試してみました。 合計6台に延べ10回以上のインストールを繰り返して、やっと最近使えるようになりました。 やはり何と言ってもありがたいのはネットワーク。 ほとんどの事は95だけで出来るようになっています。 これなら自宅にLANを張ろうという気にもなります。 プリンタやファイルの共有から始まって、書斎と離れたリビングでノートブックでテレビを見ながら使うとかいろいろ考えられます。 3.1の時代は大変で、インターネットに繋ぐのが精いっぱいで、それもコンベンショナル・メモリの節約のためのありとあらゆる手を駆使してやっとつかえるという風でした。 マイクロソフトの考えとは裏腹にインターネットやネットワークが95を支えていると言うのは、皮肉な気がします。 ともあれ時代は動いているという事でしょう。 今後は出来るだけ毎月ごとに最新の話題やアメリカ状況を載せていきたいと思っております。


                                        自己紹介です

                                        1947年 大阪生まれ、大阪府立高津高等学校

                                        大阪府立大学電子工学部および大学院修士過程終了

                                        アマ無線が盛んなころ、51.00MHz 1波しか使わない頃に車に積んで走りまわっていました。ついでに1.5万円で買った中古車で日本中を走り回っていました。丁度万博の年には大学院だったので、暇に任せてアルバイトにはげんで、当時の初任給の数倍を稼いでおりました。オムロン入社後、オリンピックにア ーチェリーが採用される前にオムロンにクラブを作ったりしていました。暇を見てはスキーに精を出し、写真に凝って、当時の事ですからモノクロで全紙に焼いては喜んでおりました。

                                        昨今はインターネットばやりで、私もこうして自己紹介を世界に? 向かって発信できる時代になりました。元々ワークステーション開発をやったりしていましたので、インターネットはよく知っていましたが、ここまでメジャーになろうとは誰も予想もしませんでした。今年に入るとイントラネットばやりで、 尤も我々もインナーネットとかインフラネットとか言っておりました。しかし、これで今までもやもやしていたインターネットの事業部分がなんとなく見えてきて、元気が出てきたのではないでしょうか。 1996年2月